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「隈本」から「熊本」に

熊本県の「熊本」という地名の由来は、豊臣秀吉の命を受けた「加藤清正」が築城の際に当時の呼称「隈本」を「熊本」に改めたと伝えられています。「隈本」の名称の由来については諸説がありますが、山や谷が多い地形を古語で「くま」といい、九州の中心地だったことから「もと」を付けて「くまもと」と呼ばれ「隈本」と漢字を当てていたという説が有力視されています。

清正公がこの地に着任した際、「隈」の漢字に含まれる「畏」の文字が「おそれる」という意味を持つことと、「隈」には「端、すみっこ」という意味があることを嫌い、勇壮なイメージのある強い動物の「熊」の字に変更し「熊本」と定めたという逸話があります。

「肥の国」の境界を継承

雄大な阿蘇山や日本屈指の名城・熊本城がある熊本県には、古い伝統と波乱の歴史を有している日本でも有数の県です。恵まれたその自然は、古来から人々の思惑が交差する土地として幾多の戦禍にも見舞われましたが、豊潤なこの地は荒廃することもなく、日本の歴史に重要な役割を果たしてきました。江戸時代に制定された「肥前」と「肥後」の国の境界範囲が明治以降「熊本県」となってほぼそのまま継承されていることも特徴です。

古代から現代までの「火の国・熊本県」の歴史をひもとくことで、より熊本が身近に感じられることでしょう。